娘が産まれた話
6月下旬に娘が産まれました。
去年9月に妊娠が発覚し早9か月間、コロナ拡大やテレワーク増加の中、
色々と試行錯誤をしながら奥さんを支えつつもこれからの生活基盤を整えてきたものの今回、
出産&子育ては一筋縄ではいかねー!!
という事を強く感じることとなりました。
【4月】
奥さん(小学校教員)が無事産休入りし職場を離れる。
※タイミング的にはベストだったみたいです。新学期始まり担任を持つことなく4月はフリーだったので負荷も少なかった。
昨年も元々妊活中という事もあり、負荷の少ない2年生の担任にしてもらっていました。
GW以降は自分と奥さんの実家の中部地方に戻り里帰り出産準備に入りました。
【5月】
僕はGW明けも東京に戻らず、自身の実家でテレワークを継続できました。
仕事は現場作業を持たない所謂オフィスワークでメール、WEB会議、Excel&パワポで業務が進んでいきます。
コロナで唯一良かったことです。東京⇔地元を行ったり来たりでは自分の体も持たなかったかもしれない。
なお私の実家はド田舎の6LDK庭付き大豪邸です。
※祖父母が農家だったので土地がタダだっただけ
早々にテレワーク環境を整えそんなに仕事に差し支えることなく実家から業務にあたりました。
※高校卒業以来、母親と日常的にお昼を食べる生活でした。
【6月】
いよいよ近づく奥さんの出産。予定日を少し過ぎた下旬に生まれたけど、コロナ禍で立ち合い出産の制限は厳しく、
・立ち合いは夫のみ
・生まれる直前に産婦人科に呼ばれ、分娩室の前で待たされる
・生まれて2枚写真を撮ったら、『パパは外へ・・』と言われ退出
『これで次会えるのは5日後か・・』と思い一度実家に帰ると、出産直後の奥さんから電話がありました。
・赤ちゃんの呼吸が安定しないため、大学病院へ緊急搬送されることとなった
・父親であり自分が夜間に病院へ行き、話を聞く必要がある
・訪問先は大学病院のNICU(新生児特定集中治療室)
心臓や肺に先天性の問題があるのか、、もしかしてこのまま呼吸が弱って死んでしまうんじゃないか、、色んな考えが頭を過りました。
夜間の病院に行くと、今年の夏ドラマ、『ナイトドクター』で見たような緊迫感のある病室。
我が子はすぐそこにいるのに何故か医師と看護師に着席を求められ、説明を聞くことになりました。
話を聞くと、どうやら出産時に赤ちゃんの便や子宮内の羊水を飲んでしまったようで、
肺のレントゲンも白くなり、呼吸も苦しくなったよう。しばらく病院で様子を見る必要があるが直ちに命に別状はないという事でした。
何枚も書類にサインをし、入院に向けたガイドをiPadで見せられてやっと我が子の顔を見ることが出来ました。
腕も口も鼻も管につながれていて酷く苦しそうに胸を膨らませながら呼吸をしている姿を見て自分も泣いちゃいました。
その後は奥さんが退院するまでは自分が毎日病院へ通い見舞う毎日でした。
まさか母親よりも早く、5日間会えないと思っていた娘のオムツやお風呂の対応をするとは想定外でした。
出産直後に母親の免疫を赤ちゃんへ移すために一番搾りの母乳が必要と聞き、シリンジを探したり、
上司に掛け合って当面の仕事を全部先送りさせてもらったりと1週間くらいはバッタバタでした。
その後は奥さんも退院し一緒に見舞ったりしつつ、7月初旬には退院できるかな‥?と思った矢先にもう一つ想定外が発生するのでした。
【7月】
順調にいけば退院かな?と思って見舞った日、娘の顔がやけに苦しそうで、
どうやら昨晩から熱が出て、今は細菌感染の疑いもあるため抗生剤を投与しているとのこと。
並行して尿、髄液、血液の細菌検査をしているという事でした。
※通常は赤ちゃんは母親の免疫を受け継いでいるためウイルスや細菌の影響を受けづらいので結構異常事態らしい
心配ながらも医師や看護師さんからは『ミルクは飲めているし、よく泣いている』という言葉を胸に帰宅したわけです。
次の見舞いは2日後、、という事で翌日は『便りがないのは良い知らせ』という事で実家で悶々と過ごしていたわけですが、夕方位に病院の先生から電話があり、
・髄液から細菌( B群連鎖球菌(Group B Streptococcus : GBS))が見つかった。
・診断名は髄膜炎だ。
・今のところは熱も下がっているが詳しいことは明日話します。
自分は髄膜炎って言葉を聞いたときに、結膜炎と似てるな、ばい菌入っちゃったのかな?と思って電話を切ったのだが、
その後調べてみると髄膜炎の恐ろしさに震えました。
・産まれたばかりなのに死ぬ可能性もある病気になるなんて
・命が助かっても重い障害を持ったらどうしよう、5体満足で産まれたのに直ぐにそれを失うなんて
・自分のこれからの人生どうなるんだろう(仕事、生活、お金の事)
奥さんにも、自分の父母にも話せず全く眠れない夜を過ごしました。
次の日、大学病院で奥さんと待ち合わせの上、病院へ。
髄膜炎の事実を切り出せないまま病室に入り、医師から話を聞きました。
・髄膜炎は本来非常に怖い病気
・ただ、娘さんはNICUに入っていたことで発見が非常に早期&抗生剤治療を迅速に開始できた
・普通、院外から搬送されてくる髄膜炎の赤ちゃんは顕微鏡ではっきり見えてしまうほどの細菌が含まれているが、
娘さんから検出された細菌は本当にごく少量だった。
・100%断言はできないものの、後遺症の可能性はないだろう
肺に水が入ったことで、それが命を救う間接的な切っ掛けになるなんて思いもしませんでしたが、娘は非常に幸運だったようです。
一般的にあ37.5度以上の熱が出たら結構異常な事態らしく、明日の朝病院へ行くという判断をせずに出来るだけ早く病院に行った方が良いようです。今後赤ちゃんを迎える方にも知っておいて欲しいと強く願います。
【これから】
ここまでつらつら書きましたが、まだ娘はNICUに入ってはいます。
ただミルクもたくさん飲めるし、元気に泣いており、体も順調に大きくなっており、順調にいけばもうすぐ退院です。
生まれてからの約1か月弱、普通の父親が経験できないたくさんの経験をさせてもらいました。
今ままでこういう話を聞いたことがあまりなかったんだけど、たぶんSNSや人から聞く話は『順調に何事もなく育った赤ちゃん』ばかりだったんだろうなと思います。
この記事が少しでも同じような経験をしているor今後する方に伝われば幸いです。